能ある鷹は爪を隠す、とよく言いますが、その時僕らバスケ部の数人は、爪を隠すどころか見せびらかしていました。今の自分の目の前に当時の自分が走っていたら、思わず跳び蹴りを食らわすのではないでしょうか。とはいえ、その日はあくまでも単なるコース確認でしたから、ほかにもふざけている生徒はたくさんいましたし、とても緊張感とは程遠い空気でした。でも、そんなの関係なかったんです。あの頃の教師たちは、僕ら進学クラスのバスケ部員を改心させる機会を、ハイエナのように虎視眈々と狙っていたのですから。
放課後の練習に備えて余力を残してゴールした僕たちは、体育館に向かう前にコンビニに寄り、練習のためのスポーツドリンクと、それから甘いお菓子を買って、つかの間の至福の時を喜び合いました。喜び合うとは言っても、先程までのはしゃいだ空気は何処へやらとうに霧散し、各々の面持ちはさながら徴兵を控える兵士のものでした。でも、そんなのいつものことです。重い足取りを引きずって体育館に足を踏み入れると、体育館には西日がまっすぐに差し込んでいました。なんと美しい。しかし、その美しさも僕らからは限りなく遠い。そんなことを考えながらボールをついていると、突如教員用のドアが開いて、膝まであるトレンチコートを羽織った顧問の先生が出てきました。いつものように手にしてい
たボールを置いて先生の元へ駆け寄って挨拶しようとすると、先生はそれを手で制し、僕を含めた数人の名を呼びました。
それでも身には何の覚えもなかった僕らですから、何の気なしに駆け寄っていくと、先生は出し抜けに、体育館の壁に背中をつけて、横一列に並べ、と命じました。近くで見てみると、彼は鬼のような形相を浮かべていました。その時ようやく、どうやら自分たちの身には何かよくないことが起ころうとしていることに気がついたのです。
先生はトレンチコートの裾を翻しながら僕らの顔を舐めるように眺め回し、僕たちの犯した大きな大きな罪について話し始めました。どうやら、僕らを知る教師が彼に告発したようでした。彼は言いました、お前たちのしたことは、学校や他の全ての生徒への侮辱だと。そんな奴らに、部活を続ける資格などありはしない、と。
耳を済ませれば、僕の隣から嗚咽する声が聞こえます。彼は恐怖のあまり泣き出してしまったのでした。実際、僕も恐怖のあまり膝の震えが止まりませんでした。彼はこう言って、教員控え室へ下がりました。「おまえら、二度と俺の目の前に現れるな。次に現れたらお前らのこと、殺しちまいそうだよ‼︎‼︎‼︎」
実際に、エキサイトした練習の最中には僕らを殴り蹴ることもしょっちゅうだった彼のことですから、その時は本当に二度と関わるまいと思いました。それに、意地だけで続けていた部活を「辞める」のではなく「辞めさせられる」のは、僕にとってある意味ベストではありましたから、その日逃げるように制服に着替えて体育館を後にした時には、妙な体の軽さを感じもしました。先ほど買ったスポーツドリンクも未開封のままカバンに入っていました。僕はそれを一気に飲んで、乾ききった口の中を潤して外に出ました。外はすでに真っ暗でしたが、眩しい程明るい月が夜道を照らしていました。《続く》
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